最近道院では、県大会に向けて演武の練習に熱が入っている。
小学生の拳士が多く、現在は週に4回その指導にあたる。
自分の子どもでも、そこまで付き合うことはなかったのに不思議なものである。
さて、今回は、この演武指導を通して私が心に留めていることを書いておきます。
あくまで少年部への指導であるが、大人同士のコミュニケーションもおなじだと考えます。
大切なことは、大会の練習は技術もさることながら「自己肯定感の向上」の機会とも言えます。
指導側の責任
まず、私が大事にしていることは「自分が何を指導したか」ということ。
指導者とは、その時目についたことを「良くなれ」という想いをもって指導をする。
すなわち「ここを修正しなさい」ということだ。
そして、次に大事なことは「後日修正が出来ていたら、具体的に修正が出来ていたところ褒める」ということだ。
言われた方は、心に残っている
指導する側の言葉は、受ける側にとっては非常に大きい。
よって、その責任たるや重大なのである。
実際に先日指導した後日の例を書いておきます。
指導内容
1名には「構えたときに前の手が下向いてる。ちゃんと相手の顔に向けて構えなさい」
もう1名には「後ろの手の位置がさがっている、蹴った時に落ちてる。ちゃんと構えたまま蹴りなさい」
これについて、その次ではなかったが、3回あとくらいの練習でだいぶ良くなっていた。
私は二人に近づいて話をした。
「前に僕が注意した前の手の向き、あと後ろの手が下げないっていうたところ。ちゃんと出来るようになってるやん。すごく良うなっているで。
じゃあ、そこが出来たから次はこれを変えてみようか」
普段あまり話を聞くタイプではないが(笑)、このあとの次の修正箇所の話もちゃんと聞いてくれて、1つ1つ良くなっている。
言われた方は心に残っている。
言うた側は、その責任がある。
それを具体的に言うことは、指導を受ける側も「あ、この先生ちゃんと見てくれているんや」という信頼につながる。
逆に、ちいさい子どもでも
「あの先生は、言うだけでちゃんと自分のことを見てくれていない」なんてことをしっかり感じ取るものなのだ。
そして、「出来た」→「認められた」は子どもたちにとっての自己肯定感の向上に強く関係していると考えています。
大会を通して子どもたちに学んでほしいこと
大会に出ることは、いいことであり、機会だと思う。
しかし、大会に出ることにおいて「大会の結果」を「修練の結果」としてはいけない。
あくまでも、大会は1つであり、いろんな要素がある。
それよりも大事なことは、演武を作っていく中での「小さな成功体験をたくさん踏ませて、その子に自信をつけさせること」だと考える。
もちろん、大会で入賞することも「自信」になる。
しかし、それは上位数組しか体験できない。
で、あれば入賞できない子にも、大会までのところでしっかりと「できなかったことが出来て、たくさん認められた」という経験をさせないと、指導者としては嘘だと思う。
大会まであと一か月くらい。しっかりと子どもたちに目を向けていきます。
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少林寺拳法では、技術だけでなく「人を育てること」も大切にしています。
技術修練を通じて、人育てる武道なのです。
